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GalesburgにはFirst National Bank of Galesburgという銀行があって、そこに口座があった。ATMはまだ存在しない。買い物は現金か小切手。小切手で現金化してもらうことも場所によってはできた。夏休みにシカゴ滞在中現金が必要になった。たまたまFirst National Bank of Chicagoという大手の銀行を通りかかった。貯金通帳をもって窓口にいってI would like to withdraw $100.窓口の女性は怪訝な顔をして、あのこの銀行違いますけど。町の名前がついても同じ系列の銀行じゃないの?こんな学生が数年後にはビジネススクールでファイナンス専攻することになる。
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KnoxにOld Mainという建物がある。上院議員選挙で後のリンカーン大統領がダグラス候補と有名な対話をしたことが知られている。その大学に在籍しているという情報で、日本からある知人が会いに来るという。ついにその人は現れなかった。後日談で分かったこと。リンカーンの一番有名なスピーチはペンシルバニア州のGettysburgでの演説である。KnoxはGalesburgにある。なんとその人はGettysburgに行って電話帳で私の名前を探したが見つからない。Knoxという大学もない。本当にそんな大学あるのかと聞かれた。インターネットがなく、手紙のやりとりの時代だった。
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All campus partyというのが定期的にあった。前述のFraternityが主催するキャンパス全員向けのパーテイーである。Kegにはいったビールを用意する。Kegには60リッターのビールが入る。重さにして70KG。これを9個用意する。他にイベントなどないので大勢が来る。11時ごろにはビールがなくなると下級生が追加調達しに行く。(この時はちゃんと金を払った)夕方にはとても持てなかったのに、なぜか夜中になると使命感が働いて、このKegを持ち上げることができたのは未だに不思議。

地下にビールがそなえつけられているのだが、すごい人混みである。ここで会ったことのない子が階段で床をきょろきょろしていた。どうしたのか尋ねると、コンタクトレンズを落としたらしい。それは大変。ビールを取りに向かう酔っ払いを引き留めて一緒に探した。見つからなかった。この子がその後結婚する相手となった。これが出会いだったのだが、この話を聞いた叔父が一言。それは一目惚れだ。一つの目でしか見えなかったわけだ。うまい表現だと感心した。英語でもLove at first sightという表現があるがLove without a contact lenseということだろう。
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少し真面目な話。外交官になりたいと思っていた。縁あってシカゴ総領事と知り合いとなり、夏のアルバイトを申し込んだ(今でいうインターンシップ)。シカゴで生活できることは楽しかった。電車に乗って通勤するのはわくわくした。受付役、運転手、ビザ発行係、駐在家族のベビーシッター、ゴルフコンペの幹事、学校訪問でのプレゼンテーション。正直なところ、仕事内容や環境は面白くなかった。それがきっかけで外交官になる気持ちがなくなった。そういう発見があったことは貴重な経験だった。
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2年のサッカーシーズンのプレイオフは昨年に続いてCarleton Collegeとの決勝戦。11月だというのに記録的暑さの日だった。確かその前々日にペーパーがあって徹夜に近い作業だった。2-2で延長に入り、15分x4の延長でも勝負がつかず、さらに5分x5の再延長の末負けた。勝っていれば全米トーナメントに招待されるはずだった。とにかく疲れ果てたのを覚えている。その晩つきあっていた子ともけんか別れしたこともかすかに記憶に残っている。
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イリノイ州の冬は厳しい。1月、2月は最高気温でも氷点下であることが普通。この長い冬が終わって雪が溶けて、久しぶりに地面の上を歩いた時の感慨を今でも思い出す。雪国を舞台にした小説を初めて理解した気分になった。東京人には実感できないなあとしみじみ感じた。

春学期になって野球部のシーズンが始まると言う。先輩からおまえもトライアウトしてみたらどうかと言われた。Sadaharu Ohが有名だった。野球は小学校以来やっていないが、サッカーでもできたから何とかなるかもしれないと思った。トライアウトで感じたことは、軟式と硬式の違い。送球の早さ。全然打てない。数日後監督から、Cutの通告を受けた。おまえがいると捕球しそこなったボールでケガ人がでそうだから、と言われた。ちょうとピアノの練習もしていて、野球ではれた手をみて、先生がやめたほうがいい、と忠告してくれた。
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最初1年間はとにかく手紙を書いた。図書館で宿題というよりは親や友人に手紙を書いていた。郵便を取りに行くのが楽しみだった。親との手紙のやりとりを父が退職後本にした。冗談はわからないが一緒に笑った、というタイトルは留学体験者はみな共感することだと思う。在庫がなくなったので今はブログになっている。Knoxの図書館にはまだあると思う。
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夏のバイト代で貯金が出来た。大学のSecurityでLockoutするたびにお世話になるCarlに相談して車を買うことにした。一番安い車がシボレーのImpala。800ドル。支払いの時免許証をまだ取ってないことに気が付いた。その日に取りにいった。筆記試験が20問。そして実地試験となった。担当者に車はどこにあるんだと聞かれた。免許がないから取りに来たのに、実地するから車持ってこい。鶏か卵か。車を取りにいって、それで実地試験。右、左、バック、駐車。はい合格。5ドルだった。それにしてもぼろ車だった。アクセルを踏むと、ガソリンが減っていくのがメーターでわかる。時速50マイルぐらいになると、車体がふるえる。それでも友人からは車貸してくれと頼まれるようになった。ケンタッキーまで遠出したこともある。オイル交換が必要だなんて知らなかった。卒業と同時に処分した。
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1年が終わった夏休みは近郊の農場でアルバイトした。理由はいまだにわからないが、機械で借り残されたとうもころこしの実を手で引き抜くという単純作業。50人ぐらいの高校生を大学生チームが管理する。朝はつゆでびしょぬれになり、それが乾くと暑い、蚊にもさされながら一日中歩く。当然高校生はさぼる。それを管理する。指示に従わなければ首にする。いろんな性格の高校生がいて、喧嘩早い、いたずら好き、体力がついていけない、ボスのランチを持参してごまするタイプ。まったく社会の縮図である。ひと夏で10人ぐらいくびにした記憶がある。英語に自信がついた夏だった。
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前述のFraternityではハロウィーンになると町の子供たちを呼んでイベントをしていた。当然Pumpkinを用意する。ところが予算が足りないので確保できなくなった。至急20個確保しないといけない。子供たちのためである、何とかしなくては。夜中こっそり確保に向かった。満月の明るい夜だった。子供たちの笑顔をみて何かいいことをした気になった。その後警察から名指しで電話があった。出頭せよ、と。みんな真っ青になった。が、その電話は上級生からのものであった。大学周辺の商売は大変だったと思う。
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