- Published on
リクルーターの話では、採用情報でネット上で公募されるのは半分以下だという。シリコンバレーの超人気企業では基本的に社員からの紹介を最優先するという。特にインターンシップの採用は特に大手であればあるほどネットに出さない。社員の紹介などで十分優秀な人材が集まるし、コストも安く済む。紹介した人が社員になると大抵ボーナスも出る。
プリンストンのキャリアサービス担当者の話では近年キャンパス訪問する企業も減っているという。勿論オンライン上で面接できる技術が普及していることもあるが、主体的に訪ねてくる学生を優先している。コロナが収まってもこの傾向は変わらないのではないか。同大学では、Double intern、つまり複数のインターンを夏休みに経験するなどして、積極的に社会勉強することを推奨している。
多くの学生が教育に関わりたいと思っている。なぜか。学校の先生以外とのつきあいがないということだと思う。学校以外の社会に関して知らないので興味もわかないということだ。You don't know what you don't know。(続く)
プリンストンのキャリアサービス担当者の話では近年キャンパス訪問する企業も減っているという。勿論オンライン上で面接できる技術が普及していることもあるが、主体的に訪ねてくる学生を優先している。コロナが収まってもこの傾向は変わらないのではないか。同大学では、Double intern、つまり複数のインターンを夏休みに経験するなどして、積極的に社会勉強することを推奨している。
多くの学生が教育に関わりたいと思っている。なぜか。学校の先生以外とのつきあいがないということだと思う。学校以外の社会に関して知らないので興味もわかないということだ。You don't know what you don't know。(続く)
- Published on
ボストンキャリアフォーラムは過去30年に渡り毎年5000人の学生、200社の企業が集まるジョブフェアである。在米の多くの学生も参加している。私も採用側で参加したことがある。でも考えてほしい。視野を広げるためにアメリカの大学に進学したのに、(たった)200社の中から自分の進路を選ぶことはもったいない。ろくな就活体験もないのに偉そうなことを言える立場にはないが、進路に関する視野を広げてほしいと願っている。出展コストなどの理由で、このイベントに出展する企業は本当に限られている。他にも魅力的な企業が数多く存在し、経営者は常にいい人材を求めている。いかにそういう企業に巡り合うか、それはネット情報ではなく、ネットワーキングだと思う。(続く)
- Published on
所属していた不動産会社には優秀な若手の社員が大勢いた。ユダヤ人3人が創業していて不動産の証券化などを行って急成長していた。ミーテイングは立ち話。とにかくペースが速かった。定例のミーテイングで常に注意されたことは、お前の意見はどっちなんだ。説明してくれということ。日本的なあいまいさは許されなかった。意識して自分の考えをまとめるトレーニングしてもらった。大勢の顧客投資家がいて、利害関係の調整が非常に難しい会社ではあったが大変感謝している。
- Published on
- Published on
独立後不動産の仕事をやっていたが、1995年ぐらいであろうか、ある日本のお客さんを連れてNYのオフィス探しをしていた。ブローカーからトランプタワーを紹介され見に行った。今日はボスがいるので是非会ってほしいと言われた。彼が胸をはって部屋に入ってきた。おしゃべりである。このビルには世界的な日本のブランドがいくつも入っている。ソニーもいるし、サムソンやLGもそうだ。部屋がシーンとなった。日本人のお客さんも変な表情だった。
その2:1990年初頭、彼は資金繰りに困窮していた。資金調達のため電話しまくっていたのだろう。私が所属していたシカゴの会社のオーナーにも電話がかかってきた。トランプだが、おたくの社長から電話があったというメッセージをもらったのでリターンコールしている。社長の秘書に聞くと、誰も彼に電話していないという。常に強い立場でいたいという彼の作戦だったようだ。大統領になっても仕事のスタイルは変わらなかったのではないか。
その2:1990年初頭、彼は資金繰りに困窮していた。資金調達のため電話しまくっていたのだろう。私が所属していたシカゴの会社のオーナーにも電話がかかってきた。トランプだが、おたくの社長から電話があったというメッセージをもらったのでリターンコールしている。社長の秘書に聞くと、誰も彼に電話していないという。常に強い立場でいたいという彼の作戦だったようだ。大統領になっても仕事のスタイルは変わらなかったのではないか。
- Published on
バブル頂点の頃、シカゴの大手不動産投資会社に日本担当者として所属していた。日本の金融機関、商社、メーカー、個人すべてがアメリカでの投資を行っていた。ぺブルビーチの物件を日本の企業と一緒に購入することになり契約書サマリーが配布された。契約交渉で一番熱論されたのは、なんとパートナー間の週末の予約の優先順位だった。何かおかしいと感じだったが、それが普通だった。結局この案件は日本の株価後退で実現しなかった。ただ二番手のやはり日本の投資家が購入した。数年後金利が払えず、銀行所有となり、結局元の8割引きの値段でアメリカ人の手に戻った。その後各種金融バブルは10年に1度は起きている。
- Published on
ビジネススクールでも日本の話題が注目されていた。Japan Inc.、終身雇用、Just in time。仕事を探す意味でも日本人であること、日本語を話せることは有利であった。卒業時にはどういうわけか医薬関連メーカー4社から誘いがあった。どこも日本という市場に魅力を感じるとともに大きな課題を抱えていた。私が就職したBaxterという会社も日本での医療規制に大きな課題を抱えていた。そこで選ばれた戦略が外圧である。日本は海外特にアメリカからの圧力に弱い。一民間企業の製品に関してレーガン・中曽根サミットミーテイングで取り上げられることになったのは驚いた。日本の企業にとっても都合の悪い規制に関しては外部からの圧力をかけるのが効果的という事例は他にもあった。これは黒船以来変わっていない現象だ。
今の学生と話すと、就職の際、こうした日本人のメリットは感じないという。
今の学生と話すと、就職の際、こうした日本人のメリットは感じないという。
- Published on
帰国する前にビジネススクールに出願していた。シカゴ郊外のNorthwesternに面接に行った。大学の先生からすごい推薦状が来ているよ、と言われた。なんて書いてあるんですかと聞いたところ、足立というのはいい学生でどのトップスクールにいっても上位1割で卒業できるとある。どう思う?と逆に聞かれた。結果何年か働いてからいらっしゃい、という条件付きの合格だった。経理の教科書を書いていたKnoxの先生のお陰である。(後日談:結局上位1割では卒業できなかった)
- Published on
卒業後お世話になったグルーバンクロフト基金に報告に行った。そこで仕事の相談をした。アメックスカードの日本支社長を紹介して頂いた。翌日会いにいった。そこで経理スタッフとしてお世話になることになった。いつから来れる?明日から来ていいですか。正式な就活活動は48時間だった。
アメックスカード部門は日本進出したばかりでまだ100人もいなかったと思う。昼間は経理の仕事。夜は営業に担ぎだされた。カードの加盟店を増やすのが目的で、手分けして、アメックス加盟店シールのない店にいって食事する。カードを出すと当然断られるので、そこでひと悶着おこす。翌日営業マンが訪問して契約するなんてことを手伝った。ゲイバーとかにもお供して、カードが使えないとなると現金も他のカードもないから、支払いとしてこの足立を置いていくと言われて驚いたこともあった。終電に間に合わず、六本木のホテルアイビスのシングルに若手数人で雑魚寝したことを覚えている。大学生活の延長のようだった。
アメックスカード部門は日本進出したばかりでまだ100人もいなかったと思う。昼間は経理の仕事。夜は営業に担ぎだされた。カードの加盟店を増やすのが目的で、手分けして、アメックス加盟店シールのない店にいって食事する。カードを出すと当然断られるので、そこでひと悶着おこす。翌日営業マンが訪問して契約するなんてことを手伝った。ゲイバーとかにもお供して、カードが使えないとなると現金も他のカードもないから、支払いとしてこの足立を置いていくと言われて驚いたこともあった。終電に間に合わず、六本木のホテルアイビスのシングルに若手数人で雑魚寝したことを覚えている。大学生活の延長のようだった。
- Published on