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アメリカの企業人として2度リストラを経験した。1度目は会社の合弁によるスタッフカット。2度目は日本のバブル崩壊によるスタッフカット。いずれも上司から呼ばれて通告を受ける。特に最初はショックだったが、結局取引先の会社に移ることができた。2度目は予期していたことでもあり、それを契機に独立につながり、最初のクライアントは所属していた会社だった。30年前のこうした出来事は日本でも普通になりつつある。振り返ってみれば私もいい経験だったと思う。そうでもないとなかなか転職、独立は難しいから。
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独立後不動産の仕事をやっていたが、1995年ぐらいであろうか、ある日本のお客さんを連れてNYのオフィス探しをしていた。ブローカーからトランプタワーを紹介され見に行った。今日はボスがいるので是非会ってほしいと言われた。彼が胸をはって部屋に入ってきた。おしゃべりである。このビルには世界的な日本のブランドがいくつも入っている。ソニーもいるし、サムソンやLGもそうだ。部屋がシーンとなった。日本人のお客さんも変な表情だった。

その2:1990年初頭、彼は資金繰りに困窮していた。資金調達のため電話しまくっていたのだろう。私が所属していたシカゴの会社のオーナーにも電話がかかってきた。トランプだが、おたくの社長から電話があったというメッセージをもらったのでリターンコールしている。社長の秘書に聞くと、誰も彼に電話していないという。常に強い立場でいたいという彼の作戦だったようだ。大統領になっても仕事のスタイルは変わらなかったのではないか。
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バブル頂点の頃、シカゴの大手不動産投資会社に日本担当者として所属していた。日本の金融機関、商社、メーカー、個人すべてがアメリカでの投資を行っていた。ぺブルビーチの物件を日本の企業と一緒に購入することになり契約書サマリーが配布された。契約交渉で一番熱論されたのは、なんとパートナー間の週末の予約の優先順位だった。何かおかしいと感じだったが、それが普通だった。結局この案件は日本の株価後退で実現しなかった。ただ二番手のやはり日本の投資家が購入した。数年後金利が払えず、銀行所有となり、結局元の8割引きの値段でアメリカ人の手に戻った。その後各種金融バブルは10年に1度は起きている。
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ビジネススクールでも日本の話題が注目されていた。Japan Inc.、終身雇用、Just in time。仕事を探す意味でも日本人であること、日本語を話せることは有利であった。卒業時にはどういうわけか医薬関連メーカー4社から誘いがあった。どこも日本という市場に魅力を感じるとともに大きな課題を抱えていた。私が就職したBaxterという会社も日本での医療規制に大きな課題を抱えていた。そこで選ばれた戦略が外圧である。日本は海外特にアメリカからの圧力に弱い。一民間企業の製品に関してレーガン・中曽根サミットミーテイングで取り上げられることになったのは驚いた。日本の企業にとっても都合の悪い規制に関しては外部からの圧力をかけるのが効果的という事例は他にもあった。これは黒船以来変わっていない現象だ。

今の学生と話すと、就職の際、こうした日本人のメリットは感じないという。
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帰国する前にビジネススクールに出願していた。シカゴ郊外のNorthwesternに面接に行った。大学の先生からすごい推薦状が来ているよ、と言われた。なんて書いてあるんですかと聞いたところ、足立というのはいい学生でどのトップスクールにいっても上位1割で卒業できるとある。どう思う?と逆に聞かれた。結果何年か働いてからいらっしゃい、という条件付きの合格だった。経理の教科書を書いていたKnoxの先生のお陰である。(後日談:結局上位1割では卒業できなかった)
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卒業後お世話になったグルーバンクロフト基金に報告に行った。そこで仕事の相談をした。アメックスカードの日本支社長を紹介して頂いた。翌日会いにいった。そこで経理スタッフとしてお世話になることになった。いつから来れる?明日から来ていいですか。正式な就活活動は48時間だった。

アメックスカード部門は日本進出したばかりでまだ100人もいなかったと思う。昼間は経理の仕事。夜は営業に担ぎだされた。カードの加盟店を増やすのが目的で、手分けして、アメックス加盟店シールのない店にいって食事する。カードを出すと当然断られるので、そこでひと悶着おこす。翌日営業マンが訪問して契約するなんてことを手伝った。ゲイバーとかにもお供して、カードが使えないとなると現金も他のカードもないから、支払いとしてこの足立を置いていくと言われて驚いたこともあった。終電に間に合わず、六本木のホテルアイビスのシングルに若手数人で雑魚寝したことを覚えている。大学生活の延長のようだった。
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横道にそれて小噺ばかりになってしまった。卒業後の話をしないと。経済専攻で卒業した。プチ自慢させてもらうとすると、学年2番で卒業した。

1番は確かAasgaardという北欧系のインテリ。2番がAdachi。つまり卒業証書の順番は2番。Watanabeでなくてよかった。
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何かの理由でシアトルから成田までの便でファーストクラスアップグレードされた。となりにはスタンフォード大学の先生がいた。Woud you like some chilled vodka?Yes.  Would you like some caviar? Of course.  How would you like your caviar? With everything.  慣れないものを食べてトイレに行った。気が付いたらもうすぐ着陸だという。席に戻るととなりの先生に聞かれた。どこにいたんですか?みんな心配してましたよ。食事終わりましたよ。何かいいことがあったのかな?せっかくのファーストクラスだったのに。トイレはどのクラスも一緒だった。
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これも随分後の話。初孫の娘が夏休みに毎年のように一人で実家を訪ねていた。おばあちゃんにとっては初めての女の子ではりきっていた。中学生のころだったと思う。初めて生理用品が必要になって大騒ぎになった。おばあちゃんが薬局に買いに行った。おばあちゃんにとっても初めてだったのではないか。娘から電話がかかってきた。「おばあちゃん、コンドーム買ってきた」薬局の人も不思議がったのではないだろうか。今でも語り継がれている。
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これは卒業後の随分たった後の出来事。両親がシカゴに訪ねてきた。サラダバーという新しいものを紹介しようと思った。

親父はまずビールを頼んだ。
What kind of beer would you like?
生ビールだ。

サラダはご自分で好きなだけお取りください。
なに?俺は客だ。そんなことはしない。母が代わりに取りに行った。

食事は何にしますか?
スープとサンドイッチがいい。
What kind of soup? What kind of sandwich? What kind of bread? Do you want ketchup or mayonnaise?
何?サンドイッチが欲しい。

デザートは何にしますか?
アイスクリーム。
What kind of ice cream?
バニラ。

疲れる食事だった。
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