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バブル頂点の頃、シカゴの大手不動産投資会社に日本担当者として所属していた。日本の金融機関、商社、メーカー、個人すべてがアメリカでの投資を行っていた。ぺブルビーチの物件を日本の企業と一緒に購入することになり契約書サマリーが配布された。契約交渉で一番熱論されたのは、なんとパートナー間の週末の予約の優先順位だった。何かおかしいと感じだったが、それが普通だった。結局この案件は日本の株価後退で実現しなかった。ただ二番手のやはり日本の投資家が購入した。数年後金利が払えず、銀行所有となり、結局元の8割引きの値段でアメリカ人の手に戻った。その後各種金融バブルは10年に1度は起きている。