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渡米までの半年間何をしたのか。自由が丘のタイピスト学校に女子生徒に囲まれて。。。というのはあまり大事なことではない。文化人類学者でKJ法創立者である川喜田先生との出会いがあった。中学校の恩師の紹介で川喜田研究所でアルバイトすることになった。野外科学の研究で、質的なデータの分析をするユニークな方法である。観察、意見などをラベルに書とめ、そのラベルをかるたのように並べて、データが何を語ろうとしているのかをまとめるメソッドである。合宿などにも参加させて頂いて面白い社会人にも巡り合えた。渡米前に先生から、こういう言葉を頂いた。「足立君、山登りで目的地にたどりつくためには、山頂ばかり見ていてはだめだよ。道端の花にも目をむけて楽しまなくっちゃ。」すばらしいメッセージだった。
渡米後、文化人類学者になったつもりで毎日すごした。いろいろな失敗、観察もすべて客観的なデータとして、このKJ法で日記に残した。不思議なもので、こうして自分の生活を客観視すると、たいして悩むことはなかった。日本人はこういう時にこういう気持ちになるのか、なるほど、という感じの毎日だった。今でもその習慣が残っている。
渡米後、文化人類学者になったつもりで毎日すごした。いろいろな失敗、観察もすべて客観的なデータとして、このKJ法で日記に残した。不思議なもので、こうして自分の生活を客観視すると、たいして悩むことはなかった。日本人はこういう時にこういう気持ちになるのか、なるほど、という感じの毎日だった。今でもその習慣が残っている。